1月31日(月)6時間目 「神楽に学ぶ伝統の継承」第2時
今日は、なんと樅木神楽を今でも舞っている山村愛美さんに来ていただき、樅木神楽の歴史や受け継がれ方について話していただくことにしました。綿密に打ち合わせをして、どのようなことを話していただくのかを事前に確認させていただきました。山村さんの思いも大切にしながら、子どもたちがこの単元の中で学んでいってほしいことに焦点化できるようにしていただきました。
こうした打ち合わせを行っておかないと、子どもたちの興味関心が広がりすぎてしまったり、通っておきたいチェックポイントを素通りしてしまったりすることになります。そのため、話していただく内容や順序について、教師の意図をお伝えしておくことは重要であると考えます。
今回は、樅木神楽が変化しながら受け継がれてきていることと、それにより地域にどんなことがもたらされたのかが分かるように話していただきました。
(※GT:山村愛美さん GT母:山村愛美さんのお母さん)
T :先生約束守ったよ。
CC:えっ!? まさか?
CC:え~!
CC:(拍手)
C :やばっ!
C :すばらしい!
T :こんにちは。今日はなんと樅木神楽
CC:おお 樅木神楽!
T :樅木神楽を舞っていらっしゃる
C :すげー
T :山村愛美さんに来ていただきました。
CC:(拍手)
T :よかったね。
C :うれしい
ゆうや:本物ですか?
T :今からね、山村愛美さんに樅木神楽のことをいろいろお話していただきます。今日はしっかり聴きましょう。なぜかというと、ビデオに撮るので、言葉は残るから、目と心でしっかり聴いてください。途中で感想とか気付きを言ってくれると嬉しいです。
CC:はい。
T :ではここからはバトンタッチで。とその前に、みんなの印象はどうでした?
CC:違った!
T :何でちがったの?
ゆうか:神楽ってだいたい男の人が… 見た感じそうだったから
CC:おじいさんとかが…
T :まさかこんな若い人がってね。では、お願いします。
GT:こんにちは。今日は、私の地元の樅木神楽について話をさせていただきたいと思います。とても緊張していますが、今日はよろしくお願いします。
CC:よろしくお願いします。
GT:今から樅木神楽の歴史を説明したいと思います。樅木神楽は宮崎県の高千穂神楽を起源として、隣の宮崎県椎葉村から伝わったと言われています。樅木神楽がはじまったのは今から200年くらい前です。附属小学校が150周年だそうなので、そんなに変わらないですね。
樅木神楽がはじまったころは、樅木の中でも代々神楽を受け継いできた家があって、その家の長男のみが神楽を舞うことができました。毎年10月25日の樅木天満宮大祭というお祭りで神楽が奉納されていました。昔は神楽が24種類もあって、24日の夕方から25日まで夜通しずっと舞っていたようです。
ところが神楽家系の家の男の子が生まれなかったり、長男が都会へ出て行ってしまったり、戦争が長く続いたりしたことから、いつの間にか樅木神楽の伝統は消えてしまいました。そうすると、樅木の人たちの楽しみがなくなり、樅木を離れる人たちが増えていきました。
そこで、「このままじゃだめだ。神楽を復活させれば、樅木も元気をとりものすのではないか」と考えた人たちが集まって樅木神楽保存会を立ち上げました。保存会の人たちは学校や集会所で練習をするのですが、一度途絶えてしまった神楽を復活させるのはとても難しかったそうです。その頃はビデオもないので、昔神楽を舞っていた人に直接インタビューをしながら、長い年月をかけて13種類の神楽を復活させることができたそうです。
やっとのことで13種類の神楽を復活させた頃。当時の泉第八小学校の校長先生が子どもたちに神楽を習わせることを決めました。それを聞いた地域の人たちはどうだったと思いますか?賛成したと思う人?
CC:(半数くらい挙手)
GT:逆に反対したと思う人?
CC:(半数くらい挙手)
GT:正解は反対する人が多かったそうです。
CC:(近くの子どもたちといろいろ話している)
GT:なぜかというと、「長男じゃない子どもに教えるわけにはいなかい」などの、昔の伝統を大切にしたい守りたい気持ちもあったからだそうです。しかし、このままでは地域は寂しくなっていく一方で、樅木神楽も本当になくなってしまうということを必死に伝えたところ、地域の人は受け入れ。やっとの思いで1974年に児童神楽をスタートさせることができました。
T :はい。どうでしたここまで。
CC:意外だった
T :何が意外だった?
ゆうと:神楽が決まった人しか舞えないというのが意外だった。
T :決まった人って誰だった?
CC:長男!
C :決まった家系の人
よしお:決まった家系の決まった人しか
T :しかも長男しか舞えないんだ。
すずか:先生長男なんですか?
T :でも、ここにいるのは?
CC:長女?
T :他には?
すずか:学校で神楽を習わせるときに、反対したっていうのが意外だったし、反対したわけも意外だった。簡単に習わせたくないとかそういう考え一つで習わせたくないとかいうけど、この話を聞いてから、長男じゃない子どもに神楽を習わせたくないとか、樅木神楽の伝統を壊すというのは、壊すというか特徴だったのに、なんか長男じゃない人とかに教えるのは嫌だという反対する意見にびっくりした。
T :今のすずかさんの言っていること分かった?
CC:はい。
T :何と何で違うかなって思ってたの?
C :昔と今
T :反対している人たちは何を守ろうとしていたの?
CC:伝統
T :伝統っていうのは何?
CC:長男しか舞えない
T :子ども神楽をやりたいよっていうのは、何を守ろうとしていたの?
CC:樅木神楽
CC:どっちも同じくらい大事
T :どっちも大事だね。
しゅう:樅木神楽がないと…
ゆうや:樅木神楽がないと伝統も消えちゃうよ。
CC:そもそもがなくなっちゃうから
T :ごめん樅木の場所が分からないかもしれないから、ちょっと地図出しますね。ここが附属小です。かなり大きくしてるけど、まだ樅木映ってません。
CC:えぇ~!
T :この線が宮崎との県境です。(少しずつ樅木に近づきズームインする)
CC:えっえっ
C :こんな山奥?
ゆうと:えっここから来たの?
T :さっき言ってた泉第八小学校はここです。
CC:え~
T :こういうところの話をされています。樅木からここまでどれくらいかかりますか?
GT:2時間くらい。
CC:え~
C :渋滞とかするからもっとかかるよ。
T :では続きをどうぞ。
GT:1974年に児童神楽がスタートしたところからはじめます。
CC:おぉ~!
GT:最初は、5,6年生の男女14人に担任の先生が教えていました。分からないことだらけだったそうで、何度も山を越えた宮崎県椎葉村まで調べに行ったそうです。その頃は夏休みに三泊四日で学校に泊まり込んで神楽を教え込んだそうです。
CC:えぇ~
GT:そして、その年の運動会ではじめて児童神楽を披露しました。その時は、地域の方は大喜びで拍手喝采だったそうです。それからは、運動会や樅木天満宮大祭で児童神楽を披露するようになりました。最初は5,6年生だけでしたが、子どもが減ってきたので、学校全体でやるようになりました。
10月になると樅木にいる人も都会に出ていった人も樅木神楽のことで頭がいっぱいになるようです。そして、「やっぱり自分の子どもも樅木神楽を舞わせたい」という思いが強くなり、何人もの大人が樅木に帰ってきました。私のお父さんとお母さんも子どもの頃から神楽を舞っていました。そして、やっぱり樅木のことが好きだから、樅木に住んでいて、私のお父さんは神楽を舞っていて、神楽保存会に入っています。そんな都会に出て行っている人たちも樅木天満宮大祭に参加して、神楽を舞いやすいように、今から10年くらい前に10月24日、25日に必ず舞っていた神楽も、10月末の土日に日程を変更しました。
私は小学5年生の時に神楽のことを作文に書きました。その時にお母さんのことを書いたことを覚えています。樅木天満宮大祭では飛び入り参加というものがあって、元々舞う予定がない人や、久しぶりに地元に帰ってきた人たちにお願いして舞ってもらうというのが飛び入り参加です。当時私のお母さんが飛び入り参加で神楽を舞うことになりました。私はその時までお母さんの神楽を見たことがなかったし、お母さん自体も「ずっと舞っていない」と言っていました。ですが、お母さんはぶっつけ本番で舞うことができました。
CC:おぉ~!!
GT:それを見て、本当にすごいなと私も感動したことを覚えています。私も普段は樅木に住んでいないのですが、去年の10月21日、22日に樅木に帰って飛び入りで私も舞いました。それは、コロナのせいで樅木天満宮大祭が中止になったり、自分の都合で行けなかったりして、4年ぶりくらいに私も神楽を舞ったんですね。4年間1回も舞ってないし、練習もしてないので、覚えているか、ちゃんと舞えるか正直不安でした。でも、やっぱり覚えていて、私も舞うことができました。
CC:え~すごーい!
GT:神楽保存会の方から厳しく指導を受けながら覚えた児童神楽は、中学生、高校生、大人になっても体が覚えているため、決して忘れることはないんだなと実感しました。私は正直、小学校の低学年くらいまでは、覚えるのも大変だったし、「なんで神楽をしないといけないんだろう」と思ったりもしてました。でも、高学年になっていくにつれて、神楽を舞うことが楽しく思えるようになりました。舞うことができる神楽の種類が増えたり、上手に舞うことができて、いろんな人にほめてもらえるのが、とてもうれしかったです。高学年になると、神楽を受け継ぐという責任感も強くなりました。こんなに地域の人に愛されて、伝統深い神楽を失ってはならないと心から思っています。
ですが、年々私の住んでいた樅木は少子高齢化が進み、泉第八小学校の全校児童は今ではったの4人です。
CC:えぇ~
GT:1年生から6年生まで。とても寂しい人数になっています。ですが、4人でもたくさん練習をして運動会やお祭りでしっかり披露しています。
C :4人
GT:また、樅木神楽の魅力を発信する機会がなかなかないので、樅木神楽を知っている人はとても少ないです。なので、今回この機会を通して、少しでも樅木神楽の歴史や魅力を知ってくれたらうれしいです。今日は私の話を聞いてくれてありがとうございました。
CC:(拍手)
T :今のところで気付いたことありますか?
しゅう:樅木神楽の歴史についてびっくりしたこともあったし、なんでそうなったのかなって疑問に思うこともあった。
T :例えば?
しゅう:何で飛び入り参加はやってよいってなったのかなって
T:もともとは決まった家の人だったのにってこと?
しゅう:なのに、そこに住んでいない人もっていうのに、疑問をもちました。まだ、地元に住んでいる人ならわかりますよ。例えば、僕が樅木に行ったとして、僕は樅木に住んでもいないのにいきなり舞えるっていうのはなんでかな…って思いました。
そうた:疑問ではないけど、似ていることで思って。飛び入り参加ができるくらいだから、本当にその地域の伝統になっているんだなって思いました。
CC:(近くの人とずっと気付きを話し合っている)
ゆうか:感想なんですけど、さっき学校に4人しかいなくても、樅木神楽をよさっていうかもっと広げたい守りたいっていう気持ちがあったからすごいなって思いました。
T :これ4人しかいないって言ってるけど、実は4人もいるですよね。
CC:えっそうなの?
T :泉第八小学校でしょ。8番目まであるってことでしょ?
すずか:あ~そうか。じゃあ1番目とか2番目とかもあるのか。
T :そう。1番目と2番目は今、泉小学校
GT:そうですね。
T :そんな風になっているんだけど。3~7はもう学校ないんだよ。
CC:えっ!?
C :廃校?
T :廃校。つまり、子どもがいなくなって
すずか:一回閉めたってこと?
T :そう。でも、8だけは残った。
ゆうや:あ~なるほど。だから、4人もいるになるのか。
CC:おぉ~
じょう:昔は小学校の人数はどれくらいいたんですか?
GT:私が小学校の時は、8人9人くらいはいたんですけど、お父さんお母さんの頃とかじいちゃんばあちゃんの頃は50人くらいいたらしいです。
CC:え~
ゆうと:50人もなの?
かなこ:私が思ったのは、樅木神楽を舞う人が4人だけで、樅木神楽は大丈夫なのかなと思いました。
ともこ:でも大人とかがいるから… まだ大丈夫じゃないかな。
T :どうですか?
GT:のちのちには、若くて舞う人がいなくなるんじゃないかと私も心配しているんですけど、もし、さっきも話したように、神楽を舞うことが好きで、戻ってくる大人の人たちがいたら、またその子どもが舞ったりするかもしれないと思っています。
ゆうと:樅木神楽って他の宮崎県とか他の県でも踊っている地域とか広めようとしている人とかいるんですか?
GT:樅木神楽は樅木神楽で、他の宮崎県とかには別の神楽があるから、みんなそれを大事にするから。なかなか広められないのもあります。
C :樅木限定っていう感じか…
じょう:全校児童が4人。
GT:はい。
じょう:どういうところで神楽を舞うんですか?
GT:神楽を舞うのは、学校の行事、運動会で舞うか、10月に開催される樅木天満宮っていう神様を祭っているところがあるので、そこでお祭りが開催されます。
C :神社みたいなところ?
GT:そうです。
T :ということは年に2回くらい?
GT:そうですね。
ゆうと:樅木神楽って13種類復活したんですよね。復活できていない樅木神楽ってあるんですか?
GT:もともと24種類あったので、11種類は復活できてないですね。
ゆうと:あ~
T :さっきお父さんお母さんの話があってましたけど、これが小学校5年生のときの山村さんです。
CC:え~
T :これが妹さん。
GT:はい。
すずか:えっ長女ですか?
GT:はい長女です。
CC:おぉ~
T :この面をかぶってらっしゃるのがお父さん。
CC:鬼だ~
T :で、これがお母さん。で、お父さん。
C :どのようにして入手したんですか?
T :いただきました。ちょっとお母さんにも話聞いてみませんか?
CC:えっ!?
すずか:いいんですか?
T :連絡とっていただいて。ちょっとZoomつなぎましょう。
CC:わ~!
C :そんなことできるんだ。
C :いいんだ。
T :入ってくださるかな? じゃあこの間に山村愛美さんにありませんか?
けんた:最初にあった24種類の復活できなかった11種類はどうなったんですか?
GT:残り11種類の神楽は舞える人もいないし、教えてもらえる人もいないので、11種類の神楽は復活できないってなってます。
すずか:なくなった11種類の神楽は、他の県とかにはないんですか?
GT:樅木神楽も宮崎県の高千穂神楽とか椎葉神楽とかに似ているのはあると思うんですよね。でも、それぞれオリジナルにつくられているので、やっぱり一緒の神楽はないですね。
CC:あっ!
C :愛美さんのお母さ~ん
T :こんにちは。
CC:こんにちは~!
GT母:こんにちは
T :今、娘さんの方からいろいろおうかがいしたんですけど、樅木に残って神楽を残そうとされているところについてお話を聞かせていただいてもいいですか?
GT母:私がやっていることとしたら、子どもの送迎くらいなんですけど、子どもたちが練習を一生懸命やっているので、そこはありがたいです。
T :娘さんが神楽を舞っていることをどう思われますか?
GT母:そうですね。自分もやっていてので、うれしく思いますよ。やっぱり。子どもたちみんなやってるので。
T :兄弟みんなやってるってよ
CC:えぇ~
T :お子さん何人いらっしゃるんでしたっけ?
GT母:7にんです。
CC:えぇっ!!!
C :7人も…!?
CC:(ざわつきがおさまらない)
T :お母さんに質問したいことはありませんか?
ゆうじ;神楽をおどれるのって、何歳までいいんですか?
GT母:何歳まででもいいです。
CC:えぇ~
GT母:踊れるまで大丈夫です。
かずや:神楽をおどる決まりってあるんですか?
T :舞い方ってことかな?
GT母:舞い方はある程度はありますけど、あとは踊っている方の感じでされています。だいたいのかたちは決まってるけど、「しな」ではないけど、振りを大きくしたりとかは個人でばらばらになっています。
T :だいたいは決まっているけど、細かいところは人それぞれってことかな?
そうた:山村さんは、樅木神楽の13種類の中のどれくらい舞えますか?
GT母:私ですか?私で3つですね。
CC:え~!すっげ!
GT母:小学生で3つくらいやるので、それくらいはできるかなって思います。
T :お父さんはどれくらい舞えますか?
GT母:主人になるとまだいっぱい増えますよね。
すずか:何個くらい?
GT母:結構いけるんじゃないかな。でも全部が全部舞えるわけではないので、でもほとんど舞えるかもです。
CC:すげー!
すずか:樅木神楽で踊るのってそもそも何個くらいあるんですか?
T :13個じゃなくて?
すずか:お祭りの時に何個くらい舞うんですか?
GT母:お祭りのときは、13,4種類舞うと思うんですよ。舞手が少なくなってきているので、全部を舞うっていうのがだんだん難しくなってるっていうのが現状ですよね。
すずか:ありがとうございました。
じょう:樅木神楽をおどる時に食事ってあるじゃないですか。その地元の食事って何ですか?
GT母:祭りの時の料理ってことですかね?みなさん家庭で作ってきてもってくるって感じですかね。
CC:へぇ~
じょう:例えばどんなものがありますか?
T :特に、樅木の天満宮祭と言えばこの料理っていうのはありますか?
GT母:特にはないですね。そこでは必ずしし汁は食べますね。
T :イノシシの
CC:えぇ~
T :美味しいですか?
GT:美味しいです。
C :えぇ~どんな味?
しゅう:樅木神楽は現在では13種類残っていると聞きましたが、その13種類の中で伝統的な神楽って何神楽ですか? 一番大切にされている神楽ってありますか?
GT母:そうですね… 一番舞うのが「日当(ひあて)」になるので、特別な時じゃないと「神〆(かみじめ)」とか舞わないので、私たちもなかなか見れないんですよね。
T :「神〆」という神楽が本当に特別な時しか舞うのを見ない。
GT母:そうですね。よっぽどじゃない限りは舞わないし、私たちも祭の時しか見ないですね。
C :さっきの鬼のやつですか?
T :そうだね。さっきのお父さんが舞ってたやつあったでしょ?あれだね。
T :はーい。お忙しい中ありがとうございました。
CC:ばいば~い
けいご:そんなに美味しいんですか?しし汁。
れいじ:味噌汁みたいな感じ?
T :まだ愛美さんはここにいていただきますので、振り返りを書いて、愛美さんに届けましょう。
ゆうと:神楽ってだいたい何分なんですか?
GT:だいたい15分くらいですね。
T :では、だれか発表をお願いします。
ゆうじ;今日、愛美さんに来てもらって男性の方だけじゃなくて、女性の方でも踊れて、しかも、小学校に通っている子どもでも踊れるってことが分かりました。あと、本当は24種類もあって、結構たくさんありそうだけど、13種類しかないってことに驚きました。
GT:今日は話を聞いてくれてありがとうございました。
CC:また来てください!
実際に神楽を受け継いでいる山村愛美さんに来ていただいたことで、より神楽を身近に感じることができたようでした。それは、冒頭にもあったように「神楽を舞っている人はお年寄りの男の人」という先入観が覆されたからだと思います。
山村さんが語られた内容を要約すると以下の10点になります。
① 高千穂神楽を起源とし、宮崎県椎葉村から伝わり、200年くらい前から舞われている。
② 10月24,25日の樅木天満宮大祭で奉納されていた。
③ 神楽家系の長男のみが舞うことを許され、24種類の舞いがあった。
④ 神楽家系に男子が生まれなかったり、都会にでたり、戦争の影響などにより、一度途絶えてしまった。
⑤ 樅木の賑わいがなくなったため、神楽を復活させようと、神楽保存会が発足した。
⑥ 以前舞っていた人にインタビューしながらなんとか13種類の舞いを復活させた。
⑦ 樅木神楽を残そうと、泉第八小学校の校長先生が児童神楽をすることを提案するも、「長男以外が神楽を舞うなんて」と地域の人たちの猛反対にあう。しかし、何とか説得し、1974年に児童神楽がはじまった。
⑧ 夏休みに合宿するなどして練習し、運動会で披露した際には拍手喝采だった。
⑨ その後も児童神楽は受け継がれ、今に至る。現在泉第八小学校の全校児童は4人。
⑩ 元々旧泉村には分校も含め10校の小学校があったが、今は泉小学校と泉第八小学校しか残っていない。
これらをすべて理解できてはいないと思われます。しかし、これから、神楽のことを追究したり、樅木神楽の受け継ぎ方を自分たちの生活に生かそうとしたりしていくことで、少しずつこれらの意味やその裏にある思いが分かってくると考えています。
本当に意味で分かるというのは、その人たちと同じような立場にたったときだと考えています。1時間目に附属小学校の伝統の受け継ぎ方につなげるような単元構成としたのはそのためです。附属小の伝統を受け継ごうとしたときに、「どうしたらいいんだろう?そういえば樅木神楽でも同じようなことがあったな」と関連付けることができたときに、はじめてわかり始めるのではないかと思うのです。
子どもの振り返りを紹介します。
児童神楽の件のところでその葛藤を解釈し、自分なりの解をつくっていました。
今回の振り返りでは、多くの子どもが「樅木神楽を実際に見に行ってみたい」と書いていました。実社会の人と出会うことは、子どもたちの心の距離を対象に近づける効果があるのだと、あらためて実感しました
次は、立福寺神楽の方に出会う場面を設定しようと思っています。
長文にお付き合いいただきありがとうございました。
また、次回もよろしくお願いします。
コメント
コメントを投稿